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今の小中学生がどういう気持ちでボカロ曲を聴いてるのかわからない

今ボカロ曲を聴いてる中学生は、ボカロ曲を中心とした音楽趣味を持つわけで、それをそうじゃない僕が理解することはできない。デジタルネイティブの子供をおっさんが本当の意味では理解できないのと同じだ。かつて、カゲロウデイズパンダヒーローのような、あそこまで大々的に流行るような曲はそんなになかった。*1VOCALOIDはあくまでインターネットの一部で流行している事象に過ぎなかった。昼の放送でボカロ曲が流れることもなかった。ボカロを聴いてないと仲間はずれにされる、というか、ボカロを聴くことが学校内での常識になってることなんてなかった。今の小中学生はそういう常識に生きている。

僕がボカロ曲を全力で聴き始めた時、VOCALOIDはかなり少数派な存在だった。ボカロという言葉が普通に行き交うような日常ではなかった。しかし今の小中学生はそうではない。ボカロ曲を聴く人は恐らく多数派である。少なくとも少数派に甘んじることなんかない。自分は少数派だぞと、ボカロを聴いてるマイナーな俺カッケーとなることはない。これは明らかな差だ。

自分の触れているモノがメジャーなものだと思うのと、マイナーなものだと思うのでは、そのジャンルに対する心持ちが全然違う。

ある年代からボカロに対するイメージがガラッと変わっている。分断されている。単純にVOCALOIDが好き、という人の中にも、VOCALOIDは時代の中心を走る流行りものだと思っている人と、一部で騒がれているモノだと思っている人、二種類の人が存在する。

僕がボカロにハマった当初、まさか初音ミクがグーグルのCMに登場するなんて思わなかったし、オールナイトニッポンのジングルを担当するなんて考えもしなかった。ましてやバーチャルアイドルとしてコンサートをやるなんて夢のまた夢だった。まさか開発者が紫綬褒章を取るなんて・・・。しかし実際、現実にそういうことが起こっているのだ。そして今の学生はそういう常識を持ちながらボカロ曲を聴くのだ。

だからこそボカロPになりたいという人が出てくるわけだ。彼らにとってボカロ曲を作る人というのは単なる趣味嗜好の延長線上にある、なんとなくやりたくなるものではなく、一つの職業として手に入れるべきものなのだ。「Twitterで呟く」とか「ブログを書く」とかそういうレベルのものではないのだ。実際、ボカロCDはかつて考えられなかったほどに出回っている。しかもインディーズではなく、メジャー作品としてである。とらのあなの同人CDコーナーにひっそりとあった、東方「じゃない」ところを懸命に探す必要はない。今とらのあなに行けば当たり前のようにVOCALOIDコーナーが存在するし、むしろそういうオタク的な店に行かずとも、そこらへんのTSUTAYA行けば普通に置いてある。そのくらいには有名なものとなっている。

そういう時代に生きる学生がどういう気持ちでボカロ曲を聴くのか、僕には全く想像がつかないし、それはもうなんだかとてつもないことのように思える。これがジェネレーションギャップというやつなんだろうか。

 

最後に。

ハチさんの新曲結構好きです。

*1:みくみくにしてあげるとか、メルトとかあったじゃないかと言われそうだけれど、僕の中ではそれらと今の曲ってのはなんかわかんないけど扱いが別なのだ。