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二次元キャラと三次元人間をごっちゃにすんな

僕ってどうしても、二次元的な美少女キャラと現実の女性を同一のものとして捉えることができない。どうしたってけいおんの唯は現実世界から見ればエイリアンみたいなもんだし、そういう萌え萌えした奴じゃなくとも、風立ちぬの菜穂子は人間的にあまりにも完璧で、こんなの現実の世界にいるわけがないと思ってしまう。で実際、現実世界にあんなのはいないんだけども、むしろいないからこそ二次元のあのファンタジーっぷりに酔うわけだし、二次元キャラを「理想」「夢」「ファンタジー」として捉えるわけだ。それはあくまで「理想」であって、三次元そのものではない。少なくとも菜穂子は一般的な女性ではない。夢は現実じゃない。アタリマエのことである。

二次元と三次元をごっちゃにするってのは、例えばきんいろモザイクに出てきたイギリス人美少女を一般的なイギリス人だと捉えちゃうとか、もっといい例としてはISで、あれドイツ人やらフランス人やら色々出てくるが、あれを一般的な外国人と捉えてしまうのと同じなのではないか。ただ、普通に考えて、ISに出てくる外国人が三次元空間に存在しているわけがないし、そんなこと思っている視聴者なんてひっっっっっとりもいない。あれはドイツ的な、フランス的な要素をちょこっと入れただけの、それ以外はほぼテンプレ的萌えキャラである。

例えば僕は男だから、男キャラで例えると、僕は絶対Free!のマコちゃんとやらを、自分と同じ血の通った人間だとは思えない。あんな人間が現実世界に居るわけがないだろう、と考える。しかし、だからといって、マコちゃんの存在が男性差別だ(あんな体型のイケメンが男性の標準なわけがない! 男は普通あんな喋り方しない! みたいな)なんてことは露ほども思ったことがないし、というか現実にありえないキャラが絵として登場するのって普通に考えりゃアタリマエのことだし、マコちゃんに萌えている女性にとってもそれは同様なんじゃないかと。居るわけがないから二次元というものに価値があるわけだし。

最近話題になった人工知能学会誌の表紙問題も、僕にとってはそれらと何ら変わらない。あれはあくまで二次元として、ファンタジーとしての表現であって、現実世界をDISる意図はないだろう。故に、女性形アンドロイドが掃除をしている絵が女性差別だって発言を、僕は全然理解できないのだ。その上で更に言うならば、女性が掃除くらいしたっていいし、そもそもアンドロイドだし、人間ですらない。人間ではないものに差別もクソもない。

 

二次元と三次元をごっちゃにすんな。