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酒見賢一『後宮小説』感想

後宮小説読み終わった。めっちゃくっちゃ面白かった。

まず語り口がいい。あとがきでは軽さと書いてある。太宰治的に言えば「かるみ」だろうか。とにかく飄々としている。

勿論内容も良い。というかここからずっと内容についての話。

もともとこの小説は歴史小説っぽい小説だということを知った上で読んでいたので、よくもまあいけしゃあしゃあとこんな嘘がつけたもんだと感心しながら読んだ。歴史小説なのに嘘ばかり書いているとdisられている、とある小説家もいるが、これはもう初っ端から最後まで全部嘘だ。むしろ潔い。いかにも歴史を元にしたような顔をして語っているのに、その全部が嘘である。

具体的な名前を言うと、「素乾書」「乾史」「素乾通鑑」と呼ばれる歴史書を元に書いたことになっているらしいが、これら三つの書、本当は存在しない架空の書であり、ようはでっち上げである。にもかかわらず、いかにもそれらしく、この書にこういう会話があり、と原文(漢文で書かれている)を載せ、それは現代日本的に訳せばこんな感じだろうか、とか書いちゃっている。もうすごい。すごいとしか言いようがない。どうしたらこんなものが書けるのか。

もちろん登場人物も嘘だ。主人公すら。銀河なんて女の子は歴史上存在していない。角先生も紅葉も菊凶も幻影達もだ。

特に僕がすげえと思ったのは最後の章で、これで後宮の話は終わったので、ここからは蛇足である、なんてことを言って、だらだらその後の歴史を綴る。もちろんこれも嘘っぱちである。

蛇足の中盤、M・ハワード博士とかいう偉い人が、主人公の銀河は実は欧州に生きていた、という説を出していた、というくだりが書かれる。仮説の元ネタは『銀正妃(銀河のこと)とリヒトシトリ侯爵夫人が同一人物であるという考察』という論文(もちろん架空のもの)である。論文によれば、リヒトシトリ侯爵夫人がフランス皇帝に対し、いかにも銀河が言いそうな言葉を発したという逸話、そしてリヒトシトリ夫人の親友であるエヴァ・シュラインという親友が、銀河の親友である紅葉に非常に似た性格をしていたという点を元に、彼女らはフランスに渡っていたのではないかという仮説を立てた。らしい。

そして最後、筆者自身がこの小説の取材のため、銀河ゆかりの地を回った云々を書き、小説を締める。銀河の建てた婦院が今現在旅館になっていて、そこの女将が銀河についてのエピソードを語る。銀河は女性を助ける恋愛カウンセラーとして活躍し、亡くなったのちも縁結びの神として崇められている、と。

この最後の畳み掛けでもう完全に虜になってしまった。それっぽい小説にそれっぽい教授が出てきてそれっぽいキャラクターについてのそれっぽい説を述べ、その後筆者がこのそれっぽい小説のためにそれっぽい取材をしてきたなどと平気で書いてしまう世界。もう余りに余りな状況にクラクラしてしまった。これはもちろん良い意味である。本当素晴らしいとしかいいようがない。拍手したい。

ついでにこれは蛇足についての蛇足だが、あくまでこれは小説なのだから、後宮について書き切って終わりでも全然構わないと思うのだけど、この蛇足の存在のおかげでなんか歴史小説っぽさが増してる感じがする。

ほんと面白かった。