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「より伝わりやすくなった」問題

ここ最近考えていたのが、「より伝わりやすくなった」ことが、ネットで起こっている大抵の問題の根っこにある、ということ。

「伝わりやすくなった」こと

ネットという媒体は、どれほど遠くの人のどんな情報でも全て同じ画面上に表示できてしまうっていう相当素敵なものである。この「平等感」とでも言うべきものは、それはそれで大変素晴らしいものではあるが、問題点もある。それは「見なくていいものまで見てしまう」ことと、「届けたくない人にまで届いてしまう」ことである。

まず「見なくていいものまで見てしまう」ことについて。
ネットってのは有益な情報もあるが、大半の情報はゴミである。なぜならほぼ皆ネットを暇潰しとしてしか使わないからだ。暇潰しの道具としてのネット、の中で何を書くかといえば、大概どうでもいいことである。言い換えればお喋りみたいな文章が山のように生まれる。お喋りするように愚痴を書いたりする。それは嘘ではないが、本気でもない。しかし、先ほど書いたようにインターネットという場所は「どれほど遠くの人のどんな情報も全て平等に同じ画面に表示」してしまう。有益な情報の中にクソみたいな情報が混ざってくる。リアルでは遥か遠くにあって聞こえなかったノイズが、ネットでは平等に目に飛び込んでくる。現実世界では一度も聞くことのないであろうテキトーな、もしくは自分にとって腹立たしい言葉が、ネットになると「ちゃんと」入ってきてしまう。するとムカツクわけである。これはとっても面倒臭い。

これが受け手ではなく送り手側の話になると、
例えばツイッターで僕がとある有名人に対して「◯◯死ね」と書くとする。ただこれはあくまで「呟いた」だけであって、この◯◯さん本人に届けたかったわけではない。ただなんとなくぼそっと言いたくなったから書いてみただけなのだ。しかし◯◯さん本人は、自分の名前をツイッターで検索しさえすれば簡単にこのツイートを見られるわけである。これが「届けたくない人にまで届いてしまう」ということである。

例えばとある有名な小学生は以前、自分へのdisツイートに徹底的に反発するみたいなことをやっていたけれど、ああいう気分になってしまう気持ち、わからないでもない。彼女は有名人である。少なくとも他の(僕のような)Twitterユーザーに比べればはるかに名前を知られている。彼女を知っている人が多いってことはつまり、彼女について言及している人がたくさんいるということである。
つまり、ある程度の有名人ならば、ネットを見さえすれば自分が社会において(少なくともネットで)どんな評価を受けているかがわかる。それを見ずに我慢できるのかどうか。この甘い(かどうかはわからんが)罠に引っかからないでいるのは非常に難しい。そしてその言及の中には当然、自分を褒めるものだけではなく、自分をdisるものもある。それを受け取った時に怒らないでいられるかどうか・・・理想としては怒らない方がいいに決まっているが、現実問題としては難しい。

「より」伝わりやすくなったこと

「より」伝わりやすくなったっていうのは、単に人が増えたってことだ。これがもし小規模の集まりならば、トラブルも小規模で済んだかもしれない。あるいはマイノリティとして、オタクがオタクであることを隠す(「隠していた」の方が正しいかもしれないが)かのごとく、現実世界ではネットでの人格をきっちりと隠して、静かに存在し続けられたのかもしれない。しかし今、インターネットをやる人々は明らかにマイノリティではない。

初めは規模が少なかったが、徐々に人が集まってくる。バカに見つかると言ってもいい。するとインターネットは閉じられた空間ではなくなる。マジョリティに向けて拓かれる。インターネットは誰にも言えないことを書くための空間ではなくなり、お喋りしたり呟いたりする空間に変化する。ただ先ほど「平等感」と書いたが、インターネットには誰にでも情報が行き渡ってしまう欠点がある。見られたくない人に見られてしまう。結果炎上しやすくなる。
加えて、ネットがメジャーになるというのは、現実とネットの境界線が限りなく近づいてしまうことでもある。つまり、あくまでネットという別世界でのトラブルで済んでいた炎上が、現実世界にまで波及して大きなダメージを与えるようになったりもしている。実際にそうならないとしても、今の「現実に近づいたインターネット」においては、この(自分が起こしてしまった)炎上が現実に影響すると考えても不思議ではない。

人数が増えたことによって、ネットのメリットもデメリットも拡大されてしまって、また基本的に良いとこよりも悪いとこの方が目立つ(ミスチルにしろジャニーズにしろ)ってのはよくあることなので、デメリットの方がより強調されて見えてるだけなのかもしれないが。

強引なまとめ

以前「僕に向かって言っているかどうか」という記事を書いたりもしたが、インターネット上のノイズにどうやって対抗していくかとなった時に、頑張って・意識的に・一生懸命無視することしか今のところ思いつかない。「アドバイス罪」的な。ああやって強引に「無視ルート」をひねり出すしかないのか。けれどもインターネットという特殊な場で無視するのって相当難しい。どうすればいいのだろう。

オチ無し。