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ゆゆ式の「会話」についての妄想【追記済】

この間(この間と言っても去年の話だが)ゆゆ式をようやく見て、その素晴らしさにひとしきり心打たれた何ヶ月か後に、ニコ生でけいおんの一挙生放送を見て、無意識の内に脳内でゆゆ式と比較をしていたようで、そのおかげで、なるほどゆゆ式というのはこういうものなのか、と、ある程度の考察(妄想)を得られたので、ここに書いてみようと思う。と思い立ってから書きはじめるまでに多分三ヶ月くらいかかっているのだが、それは考察に時間がかかったからではなくて、単純に書くのが面倒くさかっただけである。



ちょっと前に(これは今年の話)、Twitterにおいて僕は「けいおん!=萌え萌えキュンで、ゆゆ式=なんつってっつっちゃった、なんだよ!」と突然叫んだりしていたのだが、これは両者の違いを示す上で割と良いフレーズなんじゃないかと、勝手に思っている。ゆゆ式を見た後にけいおん!を見て思ったのは、けいおん!における会話って、割とベタなんだな、ということだった。実際にどういう会話をしていたのか、については、具体的に思い出せないので書かないが(あくまでこの文章もたかがブログのいち記事である、そんなものに具体性なんてものを要求するのはやめて欲しい。知りたかったら各自で勝手に調べてくれ)。

とにもかくにも、けいおん!においての会話というのは、視聴者に拓かれた、分かりやすい会話をしている。その象徴として「萌え萌えキュン」をあげたわけだ。

対して、ゆゆ式である。このアニメ、というかこの作品は、とにかく視聴者に優しくない会話が多い。そのハイコンテクストぶりを「翻訳」する、という試みがなされる程度には、ゆゆ式は尖った会話をしている。

それを象徴するフレーズとして、先ほどの「萌え萌えキュン」と対になるものとしてあげたのが、「なんつってっつっちゃった」である。「萌え萌えキュン」ならば、けいおん!本編を知らない人にとっても、なるほど萌えゼリフなんだな、ということはわかる。しかし「なんつってっつっちゃった」である。初めて聞いた人は一体何を言っているのかわからないだろう。いや、実際にこのセリフのみを抜き出して意味があるかと言われたらないのだが、つまりそれはどういうことかというと、重要なのはこのセリフ自体にあるわけではなく、このセリフがどういう流れを経て生み出されたのか、どういう意図を持ってこのセリフを使ったのか、その文脈にあるのだ。その辺りが、本当視聴者に優しくない。そこが僕はとても好きだし、視聴者も好きになったところだと思うのだけども。



もっと感覚的な話をする。キャラクターをどちらも生きている人物だと考えると、けいおん!ゆゆ式と比較するとどうしても、プロの萌えキャラが演じているようにみえる。ゆゆ式ではそうではない。明らかに素人がやっているように見える。言い方を変えよう。けいおん!のキャラクターはいわゆる「おれら」のための会話をしているが、ゆゆ式のキャラクターは自分たちのためだけの会話をしているように見えるのだ。けいおん!はその辺りをどう処理するか、つまりどうやってリアリティを確保するかとなった時に、まるでキャラクターが現実のカメラのレンズを通して喋っているような演出(あんまり詳しくないので自信がないが)や、しぐさ、を使うわけだけど、ゆゆ式においては会話を使っているわけだ。

自分たちの為に会話をする、というのはつまり、他人にはわからない、視聴者にとって優しくない、極めてハイコンテクストな会話をする、ということであり、それによって、我々は彼女らのリアリティを感じ取り、また、彼女らの生活覗き見たい、という欲求を持たせることにもなっている。「なんつってっつっちゃった」は、視聴者ではなく彼女らの中にある言葉であって、だからこそ我々は彼女らの言葉を知りたい、世界を知りたい、と思うのだ。とある人が言った言葉で、萌えとは「無作為の覗き見」である、というものがあるが、まさにこれは、会話によって「無作為の覗き見」を達成している数少ない作品なのではないか。

という妄想。

【追記】

これを読んで思い出したことがある。けいおん!は割とベタな会話をしている、と書いたが、それは別に悪い意味で書いたわけではない。ベタっていうのはテンプレ、みたいな嫌な言い方もできるかもしれないが、僕が言いたいベタっていうのは、ポップである、ということである。けいおん!の会話において何が重要かといえば、それは観ていて普通に笑えるってところなのだ。おそらく僕みたいなある程度アニメに対して免疫がある人、とは違う人がけいおん!を見ても、普通に楽しめると思う。といったことを考えていたら、案の定インタビューで

けいおん!は原作からドライだけど仲良くてお互いを信じあってて、ボケれば必ずツッコミがあるドリフ(のようなコント)を意識しました。

と答えていて、なるほどやっぱりそうだったのかと思ったのだ。

それに対して、ゆゆ式ってコメディ感がほぼない。少なくとも笑う感じではない。けいおん!のようなエンタメボケのエンタメツッコミではなくて、ドメスティックボケのドメスティックツッコミなのがゆゆ式だと思う。彼女らの中で会話が成立すること、彼女らが楽しむことが重要で、ポップにする必要なんかないのだ。というかそうしちゃったらもはやゆゆ式ではない。

あと、これは本当に蛇足だが、以前ライムスターの宇多丸氏が、けいおん!の映画の感想で一部、「このキャラクターたちが所属する集団を離れた時、果たしてやっていけるんだろうか」というようなことを言っていたが、僕はむしろゆゆ式の三人が高校卒業したら、を考えるほうが恐ろしい。彼女らの会話はあの三人でなくては成立しないものであって、もしあの三人がバラバラになったら、二度とあの感じは戻ってこないんだろうな、ということは、容易に想像できてしまうからだ。それくらい彼女らの会話には独自性があるのだ。