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「生きてるって感じ」問題


最近mr.childrenの潜水って曲をよく聴いてるし口ずさんでる。あの曲って凄くいい感じのテンションなんだよね。アッパーでもないしダウナーでもない絶妙な位置にいる。しかも音程もそんなに高くないから歌いやすいし、アレンジも潜水ってタイトル通り浮遊感があって聴いてて心地いいし。

前置きは置いといて、とにかく最近「潜水」を気に入ってるわけだけど、そんなかの歌詞がちょっと気になったので今文章を書いている。この曲、一番はビールを飲んで「生きてるって感じ」がする話、二番は潜水で泳いで苦しくなって「生きてるって感じ」がする話なんだけど、この二つの「生きてる」の違いに疑問を感じたのだ。

二番の「生きてるって感じ」は確かにそうだなって思う。自分で体を動かして肉体的疲労を与えることで現実感みたいなものを感じるわけだ。しかし、それに比べると一番の「生きてるって感じ」はおかしい。ビールを飲むってことは、アルコールを摂取するってことなわけだ。要は、自分の現実感がぼやけた途端に「生きてるって感じ」がしている。これっておかしくないか。現実がうまく認識できなくなってるのに生きてるって矛盾してるのでは、と思うのだ。普通に考えて、非現実と生はイコールで結ばれない。けれども「生きてるって感じ」がするって桜井和寿は書いてるわけだし、実際僕たちがアルコールを摂取した時は「生きてるって感じ」がするわけじゃん。これって一体どういうことなんだろう。

他にもそういう例はある。例えば僕は、今度ニコ生で行われるゆゆ式一挙放送をめちゃめちゃ楽しみにしているのだけど、初めて見た時はホント余りにも心地良くて、ずっとこの世界を眺めたいと思っていた。そしてそれだけ現実逃避をしておきながら、同時に「生きてるって感じ」もしていたのだ。こういう個人的な話に限らずとも、非現実を感じながら「生きてるって感じ」がする例ってたくさんある。ネトゲにハマってる状態ってのも多分そうだし、小説を読んでる時の感じもそうだ。もちろんインドアに限らずとも、ディズニーランドに、USJに何故あんなに人がいくのかってのも多分そういうことだろうし。

もっと言えば、非現実的体験をする(ディズニーランドに行く)ために現実で積極的に苦しむ(仕事を頑張る)人もいる。極端な言い方をすれば、現実を見ない時間を作る為に現実世界で努力をする=生きないために生きる、とかいうわけのわからない行動がそこかしこで行われてるわけだ。ただし、生きない状態の時には「生きてるって感じ」がしてもいる。こうなるともはや、生きるってなんぞや的な問題になってくる。僕たちはできるだけ生きないために一生懸命生きてるんだろうか、生きないのに生きてるってなんなんだ。なんだこれ、生きるってどういうことだ。