サブカルブログって程でもない

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中華イヤホンにハマり終えた

中華イヤホンにハマっていて、いくつか買ったりしている。

 

他の人はどうだか知らないが、僕の場合何かにハマると一日中それについての情報を摂取し続けないと生きていけなくなる。端的に言うと耳年増になる。だから現在持っている中華イヤホンの数よりも知識として持っている中華イヤホンの情報の方が圧倒的に多い。インターネットを通じてあらゆるレビューを見まくる。ブログを読み、YouTubeを見、amazonレビューを読み、5chの中華イヤホンスレを読み、ツイッターでイヤホンの型番を検索する。暇な時さえあればやる。そうしていないと生きていけなくなる。水のような感覚。

 

中華イヤホンとは何か。ものすごくざっくり語ると、見た目は日本や欧州の高級イヤホンのガワだけパクり、しかしビルドクオリティはイマイチ、中身はとにかく数こそ力だと言わんばかりにドライバを詰め込み、チューニングは適当、しかしそれが時折奇跡のバランスを生んだり生まなかったりする、そういうロマン溢れるジャンルだ。中国のメーカーが出してるので中華イヤホンと呼ばれている。値段が馬鹿みたいに安いので、品質も安定しない、しかし安いが故に当たり外れがあってもついつい手を出してしまう、通称イヤホンガチャがあることも魅力を増している。

 

というのが去年一昨年までの話で、2018年現在はかなりクオリティが上がってるらしい。信じられない頻度で新作イヤホンを連発しているため、技術もそれに並行して向上しているらしい。徐々にガワはパクりじゃなくなり(相変わらずパクってるやつもあるが)、ビルドクオリティはそれなりになり、音も良くなり、イヤホンガチャに失敗して外れ筐体を引くことも少なくなっている。なので最近ハマったばかりの僕は、はちゃめちゃな音のイヤホンに当たったことがない。所持している中華イヤホンのうち、ハズレは一つもない。ないっていうほど数持ってないけど。

 

というかもうある程度自分の満足いく音のイヤホンを見つけてしまったので、しばらくは買わなくて良いやと思ってるくらいだ。最近は新作中華イヤホンの値段が徐々に上がっていて、だからもっと上を目指そうとすればできるかもしれないが、元々できるだけ安価に済ませられるのがメリットだったはずなので、これ以上はいいかなって感じ。お金もないし。相変わらず馬鹿みたいにレビューを見たり読んだりする奇行は続いているが、それもそろそろ潮時なのかもしれない。1ヶ月くらいしか経ってないが。ハマってから終わるまでが早すぎるのでは。

 

 

あとはケーブルやイヤーピースをどうするかだけだ。

『すべての見えない光』を読みきれない

とある感情から逃げるために本を声に出して読んでみたりなんなりした結果、感情が割と落ち着いてきた。とある感情とは何か、なぜ感情から逃げたいのかは気にしなくていい。それとは別に寒い時期特有の鬱感情もあるが、それは別に毎年あるやつなので置いておく。


ところで声に出して読んでる本というのが『すべての見えない光』というやつで、本屋大賞とかも取ったらしい(正確には2017年の本屋大賞二位)。まあみんな本屋大賞って日本の小説でしか耳にしないからあんまりピンとこないだろうけど、翻訳小説である。同じく本屋大賞を取った翻訳物で『HHhH』とかも昔読もうとしたけど挫折している。二回。おそらくこれも挫折する。理由は単純。なんたって500ページ以上ある。しかも文字が小さい。


しかも更に問題があるのが、冒頭に言ったように、僕はこの本を「声に出して読んでいる」のだ。これはちょっと想像すればわかることだが、本は朗読するより黙読するほうが圧倒的に早く読める。にもかかわらず喋って読んでいる。僕は機械音声やPodcastじゃないので喋る速度を二倍にできたりしないため、全然進まない。こんだけ読んだのにまだ10ページか、って感じ。


その上さらに問題があるのが、これは問題というかいいことでもあるかもしれないが、文章がむちゃくちゃうまい。

例えば、主人公ヴェルナーが壊れたラジオを修理し、見事復活させ、妹ユッタと喜びを分かち合うシーン。

イヤホンをユッタに渡そうとしたその時、コイルのまんなか、やや下で、雑音のない澄んだ音、弓がバイオリンの弦を動く鮮やかな音が聞こえてくる。彼はつまみを少しも動かすまいとする。ふたつ目のバイオリンが加わる。ユッタがにじり寄る。目を大きく見開いて、兄を見つめている。

 (中略)

 彼はまばたきする。涙をどうにかこらえる。休憩室はいつもと変わらない。二台の幼児用ベッドが、ふたつの十字架の下にあり、ぽかりと開いたストーブの口にはほこりが漂っていき、幅木からは十回も重ね塗りしたペンキがはがれかけている。流しの上には、エレナ先生が刺繍で作ったアルザスの村の絵がある。だが今、そこには音楽がある。まるで、ヴェルナーの頭のなかで、極小のオーケストラが動きはじめたかのように。

 (アンソニー・ドーア『すべての見えない光』、藤井光 訳、新潮クレストブックス、2016年、p.35)

 

むちゃくちゃうまい。むちゃくちゃうまいとどうなるかというと、読みながらガンガン感情移入する。するとお前はミュージカルに出演してるのかってくらい、ってのは言い過ぎだが、感情的になり、小説にのめり込んでいくから、読むスピードは自然と遅くなる。ついでにいちいち頭の中でスタンディングオベーションが起こる。いや、こんなすごい文章読んだらそうなるでしょ普通。そして文章のうまさに溜息をつく。


「そんなことやってるならさっさと続きを読め」

「いい小説なんだからゆったり読みたいでしょ」


すると500ページの壁は別の意味でどんどん分厚くなる。いつになったらこの壁を乗り越えられるのか。

#SavePlayer1

この間Falloutの最新作が発表されてテンション爆上がりしたのだが、その後の情報で一気に冷めた。AUTOMATONdoope!の記事を見る限り、どうやらオンライン、マルチプレイが絡んでいるらしい。ふざけるな。

この怒りには理由がある。去年の12月、全世界のゲームメディアがその年に一番良かったゲーム(Game Of The Year)を発表する為のイベント、The Game Awardsにおいて、Bethesdaは「ソロプレイゲームを守ります」とメッセージを出していたのだ。

当時は、ゲーマーから蛇蝎のごとく嫌われている巨大ゲーム会社EA(Electronic Arts)が、『Star Wars Battlefront II』というマルチプレイ主体のオンラインゲームを出し、そこにえげつない課金要素、ギャンブル要素をぶっこんだことで、世界中から袋叩きに遭っている最中だった。また、近年の全世界的なマルチプレイ専用ゲームの流行もあった。ここ数年のグラフィックの向上、オープンワールドゲームの流行により、ゲームを一つ開発するだけで膨大な金と時間がかかってしまうようになった。それ故に、いろんな企業が一度でかいマルチプレイゲームを作る方向に舵を切った。そこで定期的に様々なイベントを行うようにすれば、客は一つのゲームを長いことプレイし続けてくれる。またそこに加えて、ファッションに課金したり、乗り物に課金したりと、ゲーム内にリアルマネーを使う要素を入れ込むことで、安定的にお金を得ることができる。これならば、一定の時期ごとにいちいち大量の金と時間を使い、売れるか売れないかわからない新作ゲームを一から作り続けるよりずっと安全だ。その結果どうなるか。企業はリスクを抑えることができて得をする、マルチプレイが好きなゲーマーも得をする、しかし僕のようなソロプレイ専用ゲームを遊ぶゲーマーの居場所はどんどんなくなってくってわけだ。

一人で自分の世界に没入するためにやってるのに、そこでも現実世界とのコミットを要求されるのは嫌だ、勘弁してくれ、というのが僕の正直な気持ちだ。こういうことを考える人々は僕に限らず全世界にいる。そういうソロプレイヤーの苦しみを受け取ったBethesdaという、Fallout、TES、Wolfenstein、Prey、Dishonoredといった数々の素晴らしいソロゲーを世に送り出してきた企業が、The Game AwardsにおいてとあるCMを出した。それが「SavePlayer1」である。内容としては、最近のマルチプレイの隆盛により肩身の狭い思いをしているソロゲーマーが、Bethesdaの様々なゲームに自分の居場所を見つけるという流れ。そして最後に「Bethesdaはあなたたちを楽しませるようなゲームをこれからも作り続けます」と締める。その上、ご丁寧に自社のサイトに「面白いシングルプレイヤーゲームを応援!」とタイトルの付いたページまで作り(
https://bethesda.net/ja/article/56dSIqRXXysEs8ueSkWO60/save-player-1
)、そこでもシングルプレイヤーゲームの素晴らしさを滔々と語った後、これを読んだ皆さんもわたしたちと共に、シングルプレイヤーゲームを守るため、#SavePlayer1をつけてソロゲーの素晴らしさを発信しましょうと提案していた。これが去年の12月。

そして現在5月末、だいたい半年と言っていいだろう、半年後に何が出てきたかと思えば、Bethesdaの看板タイトルであるFalloutの新作が発表! しかもゲームメディアの情報によればオンライン、マルチプレイ要素があるよ! とのたまいやがった。正直自分の目を疑った。Bethesdaはたった半年で自分たちがどんなメッセージを発信したか忘れたのか。記憶力が貧弱にも程がある。あんな、世界中の人々が見るイベントで大々的に流した、あのCMは一体なんだったのだ。彼らにとってThe Game Awardsというのはそれほど記憶に残らないイベントだったのか。誠に残念なことにゲーマーにとってThe Game Awardsはかなり重要なイベントであり(少なくとも、2017年に『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』という「面白いシングルプレイヤーゲーム」を作ってGame Of The Yearを勝ち取った任天堂や、『NieR:Automata』という「面白いシングルプレイヤーゲーム」を作り音楽部門で賞を手にしたスクウェア・エニックスなどなど、にとってもそうだと思うが)、ツイッターで#SavePlayer1と検索すればすぐにわかるが、少なくない数のゲーマーがこのハッシュタグを付けてFallout新作を嘆くか、Bethesda公式アカウントにリプライを送るか、「頼むからシングルプレイであってくれ」と神頼みするかしている。

寝ぼけてるんだかなんだか知らないが、自分たちがちょっと前に何を言っていたのか、Bethesdaの方々にはこの機会に是非思い出していただきたい。あるいは噂が嘘であることを祈る。心の底から祈る。