サブカルブログって程でもない

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#SavePlayer1

この間Falloutの最新作が発表されてテンション爆上がりしたのだが、その後の情報で一気に冷めた。AUTOMATONdoope!の記事を見る限り、どうやらオンライン、マルチプレイが絡んでいるらしい。ふざけるな。

この怒りには理由がある。去年の12月、全世界のゲームメディアがその年に一番良かったゲーム(Game Of The Year)を発表する為のイベント、The Game Awardsにおいて、Bethesdaは「ソロプレイゲームを守ります」とメッセージを出していたのだ。

当時は、ゲーマーから蛇蝎のごとく嫌われている巨大ゲーム会社EA(Electronic Arts)が、『Star Wars Battlefront II』というマルチプレイ主体のオンラインゲームを出し、そこにえげつない課金要素、ギャンブル要素をぶっこんだことで、世界中から袋叩きに遭っている最中だった。また、近年の全世界的なマルチプレイ専用ゲームの流行もあった。ここ数年のグラフィックの向上、オープンワールドゲームの流行により、ゲームを一つ開発するだけで膨大な金と時間がかかってしまうようになった。それ故に、いろんな企業が一度でかいマルチプレイゲームを作る方向に舵を切った。そこで定期的に様々なイベントを行うようにすれば、客は一つのゲームを長いことプレイし続けてくれる。またそこに加えて、ファッションに課金したり、乗り物に課金したりと、ゲーム内にリアルマネーを使う要素を入れ込むことで、安定的にお金を得ることができる。これならば、一定の時期ごとにいちいち大量の金と時間を使い、売れるか売れないかわからない新作ゲームを一から作り続けるよりずっと安全だ。その結果どうなるか。企業はリスクを抑えることができて得をする、マルチプレイが好きなゲーマーも得をする、しかし僕のようなソロプレイ専用ゲームを遊ぶゲーマーの居場所はどんどんなくなってくってわけだ。

一人で自分の世界に没入するためにやってるのに、そこでも現実世界とのコミットを要求されるのは嫌だ、勘弁してくれ、というのが僕の正直な気持ちだ。こういうことを考える人々は僕に限らず全世界にいる。そういうソロプレイヤーの苦しみを受け取ったBethesdaという、Fallout、TES、Wolfenstein、Prey、Dishonoredといった数々の素晴らしいソロゲーを世に送り出してきた企業が、The Game AwardsにおいてとあるCMを出した。それが「SavePlayer1」である。内容としては、最近のマルチプレイの隆盛により肩身の狭い思いをしているソロゲーマーが、Bethesdaの様々なゲームに自分の居場所を見つけるという流れ。そして最後に「Bethesdaはあなたたちを楽しませるようなゲームをこれからも作り続けます」と締める。その上、ご丁寧に自社のサイトに「面白いシングルプレイヤーゲームを応援!」とタイトルの付いたページまで作り(
https://bethesda.net/ja/article/56dSIqRXXysEs8ueSkWO60/save-player-1
)、そこでもシングルプレイヤーゲームの素晴らしさを滔々と語った後、これを読んだ皆さんもわたしたちと共に、シングルプレイヤーゲームを守るため、#SavePlayer1をつけてソロゲーの素晴らしさを発信しましょうと提案していた。これが去年の12月。

そして現在5月末、だいたい半年と言っていいだろう、半年後に何が出てきたかと思えば、Bethesdaの看板タイトルであるFalloutの新作が発表! しかもゲームメディアの情報によればオンライン、マルチプレイ要素があるよ! とのたまいやがった。正直自分の目を疑った。Bethesdaはたった半年で自分たちがどんなメッセージを発信したか忘れたのか。記憶力が貧弱にも程がある。あんな、世界中の人々が見るイベントで大々的に流した、あのCMは一体なんだったのだ。彼らにとってThe Game Awardsというのはそれほど記憶に残らないイベントだったのか。誠に残念なことにゲーマーにとってThe Game Awardsはかなり重要なイベントであり(少なくとも、2017年に『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』という「面白いシングルプレイヤーゲーム」を作ってGame Of The Yearを勝ち取った任天堂や、『NieR:Automata』という「面白いシングルプレイヤーゲーム」を作り音楽部門で賞を手にしたスクウェア・エニックスなどなど、にとってもそうだと思うが)、ツイッターで#SavePlayer1と検索すればすぐにわかるが、少なくない数のゲーマーがこのハッシュタグを付けてFallout新作を嘆くか、Bethesda公式アカウントにリプライを送るか、「頼むからシングルプレイであってくれ」と神頼みするかしている。

寝ぼけてるんだかなんだか知らないが、自分たちがちょっと前に何を言っていたのか、Bethesdaの方々にはこの機会に是非思い出していただきたい。あるいは噂が嘘であることを祈る。心の底から祈る。

『リズと青い鳥』すごかった

リズと青い鳥が余りにも凄すぎたのでレディプレイヤー1の印象が吹っ飛んでしまった。別にレディプレイヤー1がしょぼいって言ってるわけではない。
 
とにかく暫定一位です。2018年における僕が触れたコンテンツの中で暫定一位。文句なし。まず冒頭のシーンでもう勝ってる。セリフほぼなし。音(靴音)と画のみで、具体的には登校風景、みぞれが希美を待つ、みぞれと希美が歩く、このシーンのみで二人の関係をわからせる。わかったか、リズと青い鳥ってのはこういう死ぬほどねちっこい映画だ、一瞬でも画面から目を離すんじゃねえぞ、という監督からのメッセージが伝わってくる。そのまま最後まで突っ走る。
 
なんというものを見てしまったんだと思った。こんなに緊張感のある90分があったろうか。しかもホラーであるとかサスペンスであるとか、そういうわかりやすく疲れるジャンルでの緊張ではない。女子高校生二人の、学校内の関係だけでこの緊張感を作っている。ストーリーは全然複雑ではない。そういう、構成の妙で見せるタイプの作品ではない。とにかくディテール。ディテールが異常。それだけで90分釘付けにさせる。天才の所業である。
 
しかもそのディテール全てが「感情」に奉仕している。何もかもが感情の映画。二人の複雑な感情をできるだけ正確に、詳細に表現するためだけに存在する音、レイアウト、しぐさ、モチーフ、瞳の動き。それらが絶え間なく流れてくる。その上、一つ一つがやたらと重い。感情の洪水と言ってもいい。あまりの重さと量なので、見終わった後めちゃくちゃ情緒不安定になるくらい。それぐらいのパワーがあった。リズと青い鳥のことしか考えられなくなった。

面倒臭い

togetter.com

面倒臭いと思った。「おっさん」という定義が曖昧で否定的なニュアンスの言葉を使ってキモいだのキモくないだの、勘弁してくれと思った。おまけに「男は歳を取ると必然的にキモくなるので仕方ない」と自分に呪いをかけたり(いいからお前は逃げ恥を百万回見ろと思った)、「キモくないおっさんの条件の一つは太ってないことだ」と太っている人間をさりげなくdisってたり、そんなのばっかりで読んでて疲れた。

かといって「自分に呪いをかけるのは良くない」とか、「太ってる人間をあなたは差別してますよね」とかいちいち相手にリプライを飛ばしたりはしない。僕にはわざわざ相手と議論の応酬をする勇気はない。言うのは疲れる。聞かされる側にとっても余計なお世話だ。ならば関わらないのが一番良いのでは?

クズだのキモいだの好きなだけ言っていいはずだ。言っちゃダメってのはおかしい。ただ僕が面倒臭くなっちゃうだけだ。避けたいってだけだ。関わりたくない、それだけだ。そういうことを聞く義務も読む義理もない。そして僕はそういうことを聞いたり読んだりすると不快な気持ちになる。不快な気持ちになるのは面倒臭い。故に関わらない。それでいいんじゃないか。たかが僕ひとりに避けられるなんて大したことではないはずだ。

「他人の人生を批評するのをやめろ」と言ったって何になる。余計なお世話だ。他人の人生を批評したい人は世の中にたくさんいるし、それが楽しいんだからいいじゃないか。何が問題か。僕がわざわざ見ちゃうのが悪いのだ。

そんなん考えるより明日の生活、明日の自分を考える方が百倍有益だ。あるいはウィッチャー3の方が百倍面白い。それでいいのでは。