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サブカルブログって程でもない

アニメ、音楽、本、映画、インターネット

自由やら権利やらがある限り犯罪者は消せないと思うんだけど

書き終わった後、なんとなく酷いこと書いてるなあと思ったが、かと言って他にどう書いたらいいのかもわからなかったのでまんま載せる。



何時のことだかは忘れたが、まだ自分が義務教育を受けていた頃、カッターナイフの学校への持ち込みが禁止になるってことがあった。原因は確か、どっかの学校の生徒がカッターナイフで誰かを傷つけた、とかなんとかで、カッターナイフ危ないんじゃないかって話になって、その結果、カッターナイフ持ってくんな、ってことに。

その時に子供ながら思ってたのは、道具が罪を犯すんじゃなくて、人間が罪を犯すのに、なんで道具のほうを規制しなくちゃいけないのか、・・・こんなませたこと子供の時思ってたっけ、わからないや、恐らく無難なところとしては、カッターナイフ便利なのに使えないなんて不便だなあ、とこんなところだとは思う。ただ少なくともおかしいという気持ちは持っていたはずだ。

今の子供じゃない僕の考えとしては、カッターナイフを持つことによって相手を傷つける、実際に罪を犯してしまう人ってのは、そらまあいるだろうが、少数派にすぎないだろうと。例えば、あくまで例えばの話だが、100人中5人がカッターナイフで誰かを切りつけちゃう可能性を持ってて、残りの95人がそういうことしない場合に、じゃあその5人の犯行可能性を潰すため、皆カッターナイフ持ってくるのやめましょう、となった時、このたった5人のために、残りの95人が道具を使えなくなっちゃう、それっておかしくないか、みたいなことを思う。



で、話は変わるけど、最近「アニメは犯罪を助長するかどうか」、みたいなのがテレビでやったらしいのだけど、僕はむしろ、実際にアニメを見て犯罪行為をする人がいるからといって、安易にアニメという表現を規制していいのか、それが本来考えなくちゃいけないことで、なんでそうじゃない手前の話をずーっと長いことやってるのか、確かに前提として持っておくべき知識ではあるだろうけど、その話ってずっと前からやってなかったっけ、いつまで一段目で立ち止まってるんだ、さっさと二段目を踏め、と思う。



けれどもまあ、半沢直樹を見て半沢的な思想を持つようになったり、AVを見てAVのようなセックスをしたり、HEROを見て検察官を志したり、グランドセフトオートをやって人を撃ってみたり、妖怪ウォッチを見た(プレイした)子供が人に優しくなったり、何でもいいのだが、アニメに限らずとも、「物語」自体が何かしらの影響力を持ってる、のは事実なので、それをどこまで許容していくべきなのか、ってのは話し合わなくちゃいけないよね、っていうのはある。

ただし判断基準として「自分が不快になるから」「自分が気持ち悪いと思うから」ってのは余りにも私怨丸出しのいい加減なものなので、考えるんだったら、お前の気持ちじゃなくて、もっと客観的なというか、身も蓋もない事を言っちゃえば、「どんだけの人数(割合?)までがアニメに影響を受けて犯罪を犯してしまうことを許すか」ってことを考えなくちゃいけないんじゃないの? 違うの? 今のところ100人中10人がAの影響で罪を犯してます、この10人を5人に減らすレベルの法律を考えましょう、ただし罪を犯さない、残りの人達の権利も考えましょう、みたいな感じで。

なんか皆ゼロにしよう、ゼロにしようばっかり言ってる気がする、でもそれは危険だと思う、ゼロにしようって意識は極端な結論にしか辿りつかない気がするからだ、皆なぎはらえー的な発想にしかならない気がするからだ、それは犯罪者以外の多数の人々の自由を奪うことになるからだ、だからなくすんじゃなくて、少なめにするってことを目的にしなくちゃまずいんじゃないの、表現の自由ってのもあるわけだし、その自由との兼ね合いでいけばそれが限界だと思うの。